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アパク・ホージャ墓(香妃墓)
街の北東にあるホージャ墳は、17世紀、カシュガルの政治・宗教の実権を握っていたマホメットの末裔と称するホージャ一族の墓である。1640年にアッパク・ホージャが父の墓を建てたことに始まるホージャ墳は、緑色のタイルに覆われたイスラム様式の美しい建物だ。また、この墳墓は「香妃墓」という名で人々に親しまれている。
18世紀中頃、政略結婚で清朝の乾隆(けんりゅう)帝に嫁がされ、29歳の若さで北京で没したと伝えられる香妃は、最後までウイグル族としての誇りを持ち続け、乾隆帝を拒んだために死を賜わったともいわれている悲劇の女性である。香妃伝説には他にも様々な異説があるが、カシュガルの人々の間では、香妃は亡くなった後、特製の輿にのせられ、124人の人々に担ぎつがれ3年半かかってカシュガルに戻って来たと言い伝えられている。



















